ヘルマン・ヘッセの「デミアン」は主人公ジンクレエルの魂の遍歴が書かれた小説です.
少し分かりにくいところもありますが、多少なりともユング心理学の知識を持って読むと、より面白く読むことができるはずです.
ジンクレエルはデミアンに助けられ自立への道を歩みだす
なごやかな輝き、あきらかさ、清らかさの所属する”明るい世界だけに住んでいた10歳のジンクレエルが“美しくものすごい、あらあらしくて残酷な”暗い世界に足を突っ込んでしまうことから物語は始まります。
悪童のフランツ・クロオマアに脅かされ、家族に秘密をもったジンクレエルは、彼の魂の導き手であるデミアンに助けられ自立への道を歩みだします。
デミアンはその後もジンクレエルが危機に陥るたびに彼の前に現れ、彼の心の成長に一役も二役もかいます。
さらなる心の深層と対峙する
成長して少年となったジンクレエルは、ダンテにちなんで名づけた美少女、ベアトリイチェに触発され、心の女性性(アニマ)を発達させます。
大学生になると、オルガン奏者ピストリウスやデミアンの母親のエヴァ夫人との関わりの中で、さらなる心の深層と対峙していきます。
「自己実現」あるいは「個性化の過程」
ジンクレエルはキリスト教をはじめとした社会の規範にそって生きていこうとする気持ちと、「カインのしるし」や「アブラクサス」に代表される、既成のものを破壊するほどの新奇なものを求める気持ちとの間でジレンマに陥ります。
そのジレンマの中に身をおき、苦悩に直面していくことで、ジンクレエルの個性が磨かれ自我が確立していきます。
ユングはこの心の成長を「自己実現」あるいは「個性化の過程」とよんでいます。
ユングのいう「自己実現」あるいは「個性化の過程」に必要なのが、“影”や“コンプレックス”に代表される自我を揺るがそうとする心的エネルギーです。
“影”は社会的な一般通念や規範に反するという意味で“悪”というものに近接します。
しかし“悪”であるからといって社会通念に従って、“影”を完全に抑圧するのではなく、また“影”を一方的に噴出させるのでもなく、それを自我に統合させることで、第三の道を開くことができます。
生まれようとする者は、ひとつの世界を破壊せねばならぬ
ジンクレエルの本の間にはさまっていた紙片に書かれていた、
『鳥は卵からむりに出ようとする.卵は世界だ.生まれようとする者は、ひとつの世界を破壊せねばならぬ.鳥は神のもとへ飛んでいく.その神は、名をアブラクサス』
はデミアンの中でも心ひかれるフレーズです。
このことばは、自我が発展していくためには、旧い自分を打ち壊し、新しい自分を創造する必要があることを示しています。
また、“卵”や“鳥”そして“アブラクサス”はカール・ユングの描いたマンダラと密接な関係があります。
アブラクサスはユングの「死者とへの七つの語らい」の中に記されている存在です。
アブラクサスは根源的存在であるプレロマの顕われで、神の上にも悪魔の上にも存在し、神的なものと悪魔的なものを融合します。
善悪を超越した神、アブラクサスを目指すということは、ユングのいう自己実現、個性化への道を開くということに他なりません。
ユング心理学を知ればデミアンの理解は深まる
「デミアン」はヘッセがユングの高弟ラングの精神分析を受けた後に書かれた作品なので、ユング心理学の影響を色濃く受けている作品です。
したがってユング心理学を知って読めばデミアンの理解はより深まるということになるわけす。