歯周病と原因菌 歯周病の新常識

「歯周病はうつる」という誤解・感染と伝播

「歯周病はキスや食べ物の口移しでうつる」と言われています。

しかし、歯周病学の文献や教科書にはそのようなことは書かれていません。

なぜそのような間違った情報が広まってしまったのでしょうか?

理由の一つとして「transmission」という言葉の解釈に問題があったのではないかと考えられます。

伝播(transmission)と感染(infection)

歯周病学のなかで最も定評のあるリンデ先生の教科書を見てみましょう。
『臨床歯周病学とインプラント』(5版 2008)の236ページ、”Transmission(伝播)"という項です。

伝播(でんぱ)
ほとんどの人は人生のある時点で歯周病原体と疑われる株を獲得しています。
したがって、ヒトにおける歯肉縁下の種の生存は、ある個体の口腔から別の個体の口腔への歯周病原体の伝播を必要とするわけです。
その伝播様式としては「垂直」すなわち親から子への伝播、および「水平」すなわち親子関係以外の個人間の伝播の二つが知られています。

Transmission
Most individuals have acquired strains of suspected periodontal pathogens at some time in their lives.
Thus, survival of subgingival species in the human requires the transmission of periodontal pathogens from the oral cavity of  individual to the oral cavity of another.
Two types of transmission are recognized, "vertical", that is transmission from parent to offspring, and "horizontal", i.e passage of an organism between individuals outside the parent-offspring relationship.

Jan Lindhe : Clinical Periodontology and Implant Dentistry 5th Edition 2008 p236

ここには、ほとんどの人が人生のどこかの時点で歯周病菌を獲得すると書かれています。
つまり、親子や夫婦で同じ菌が発見されるのはごく一般的なことで、「うつされた、感染した」と大騒ぎする必要はないわけです。

ポイントはこの項の標題にもなっている「transmission(伝播)」です。
この本では歯周病菌と考えられる細菌がある人から他の人に「うつる」ことを「transmission(伝播)」と表現しています。『リンデ臨床歯周病学』だけではなく、歯周病学の論文では、歯周病菌が「うつる」ことは「transmission(伝播)」という単語が使われています。

transmission(伝播)にも「うつる=感染する」という意味合いはありますがむしろ「うつる=伝わる、移動する」という意味合いが強くなります。

しかし、日本語のホームページでは「うつる」ということを「伝播」ではなく「感染(infection)」と表現している場合が多いようです。

たとえば、ある歯科医院のウェブサイトには次のように書いてあります。

歯周病の原因である細菌は、人から人へうつると言われています。歯周病に罹患している人とキスや食器を共用することにより感染する可能性があります。

このように書いてあると、歯周病をかつて伝染病と言われたような感染症と同じように「うつる」恐ろしい病気として勘違いしてしまいます。

しかし、上述のように歯周病菌と考えられている細菌は健康な口腔内にも少なからず存在しています。
生涯のどこかの時点で歯周病菌が口の中に存在するようになることは、ごく一般的なことだと言って良いでしょう。

つまり、歯周病が「うつる(伝播する)」というのは、新型コロナ感染症や結核が「うつる(感染する)」のとはまったく違う事象ということになります。

歯周病原菌はどのように伝播するのか

では、歯周病原菌はいつどのような経路で伝播するのでしょうか?

全世界の著名な歯周病学者を集め、歯周病学の問題をコンセンサスレポートとしてまとめあげた『AAP歯周治療法のコンセンサス1996』のなかに細菌の伝播に関して次のような質疑応答があります。

AAP歯周治療法のコンセンサス1996

Q : 歯周病原性細菌はどこから来て、どのような経路で伝播するのか?

A : 人は A.actinomycetemcomitans, P.gingivalisをすでにこれらの菌が定着している他の人から獲得する。しかしながら、口腔内のように確立された生態系のなかで新しい菌種が入り込んだり、現在存在するある菌種のクローン型が入れ替わることは難しいことである。細菌が伝播することは病気がうつることと同義ではないことに注意するべきである。
(岡田宏監訳 AAP歯周治療法のコンセンサス1996)

ヒトからヒトへ歯周病菌が伝播するのは意外と困難で、細菌が伝播することと病気がうつることは同義ではないということがはっきり書かれています。

歯周ポケットの歯周病菌を移せるのか

歯周病菌が外から入ってきて定着するのは簡単ではなさそうです。

それでは同一口腔内では歯周病菌はうつるのでしょうか?

しかし、それさえ難しいようです。

深い歯周ポケットから健康な歯肉溝に歯周病菌がプローブ(歯周病の検査で使う器具)でうつせるのかどうか調べた実験があります。

この実験では、歯周病菌が健康な歯肉溝にうつることがあっても定着することはないと結論付けています。

そうでなければ、プロービング(歯周ポケットにプローブを挿入して歯周病の進行度を調べる検査)によって歯周病菌が健康な歯肉溝にもバラまられることになり、プロービングはとてつもなく危険極まりない行為になってしまいます。

歯周プローブが通常の歯科検査中に若年性歯周炎病変からのアクチノバチラス・アクチノミセテムコミタンスに汚染され、この微生物を感染部位から以前に感染していない部位に移す可能性があることを示しています。

しかし、健康な歯肉溝に接種されたアクチノバチラス・アクチノミセテムコミタンスは、3週間以内に微生物が排除されたため、これらの部位に永久にコロニーを形成しませんでした。

L A Christersson et al. : Transmission and colonization of Actinobacillus actinomycetemcomitans in localized juvenile periodontitis patients

限局性若年性歯周炎患者におけるAa菌の感染と定着のアブストラクトの訳はこちら

歯周病菌は深い歯周ポケットに生息する嫌気性菌なので、酸素の多い状態ではなかなか生存することは難しいようです。

同じ口の中でさえうつることが難しいわけですから、他人の口の好気性環境下で定着、繁殖するのはほとんど不可能と言って良いでしょう。

キスをしても口移しをしても、ましてや食器を共用したからといって、歯周病菌がうつるなどということはあり得ないわけです。


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小西昭彦
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